憲法24条の改正は、はっきり言ってクソ

お題「選挙」

 

まず表題に「クソ」という下品な表現を用いたことをお詫びいたします。 

しかし、「24条の改憲はよくない」「改憲は再考すべき」などというソフトな表現では私たちの恐怖や困惑を表し切れないと思い、以上のような書き方をさせていただきました。

 

 さて、本題ですが皆様は24条の改憲案をご存じでしょうか。

ご存じない方のために以下にリンクを貼っておきます。 

 

 

この改正案を見たうえで、「これの何が問題なの?『家族の助け合い』って大事じゃん」と考える方が多数いらっしゃるのではないかとお見受けします。

そのご意見は間違っていませんし、否定するつもりもありません。 

 

しかし。しかしですよ。

何かお忘れではありませんか?

 

虐待被害者の声

  

皆さん、毎日の習慣として新聞は読みますか?

社会・事件の欄には目を通しますか?

日々新聞を読む方でしたら、これまで幾度となく「幼児虐待」の報道を見たことがあるかと思います。 

 

現実に、今日も日本のどこかで、親から暴力・暴言・性的虐待を受ける子どもがいます。

そしてかつての「被虐待児」はいつか大人になります。

大人になってようやく独り立ちできる。

幼少期から自分を苦しめ続けてきた親とも別離できる。

今の憲法のままなら、の話ですが。

  

憲法改正が為された後の話で、一つモデルケースを考えてみましょう。

 

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優子さん(仮名)は小学4年生の頃に初めて父親から性的虐待を受けました。

元々暴力的だった父親に耐えかね、母親は蒸発。

優子さんは幼い身にして父親の暴力性を一身に受け、地獄のような日々を送ってきました。

実の父親に体を玩具にされ、友達にも先生にも相談できず、一人苦しみぬいてきました。

殴られ、怒鳴られ、犯され、貶され、詰られ、踏みにじられ…

優子さんは何度も自殺を考えましたが、「大人になれば開放される」その希望だけを頼りに生きてきました。 

 

そんな優子さんが18歳になり、父親の下から逃げ出す計画も大詰めとなっていた折に、父親が軽度の認知症に陥ってしまいました。

認知症の度合いが軽度であり、父親もまだ若いため、老人ホームは受け付けてくれません。

このままでは、認知症により粗暴さが増した父親の面倒を一生見なければなりません。

 

「ようやくこの地獄から逃げ出せるはずだったのに!」

優子さんは必死の思いで各機関を駆け回ります。

しかし、区役所へ駈け込んでも、裁判所に飛び込んでも、弁護士に訴えても、法務局で叫んでも、返ってくる答えはみんな同じ。

 

「『家族の助け合い』は憲法で規定されていますから。それにあなたも父親に育ててもらったんでしょう?」

 

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いかがでしょうか。

 

私が挙げた今回の例は、少々極端だったかもしれません。

憲法が改正されたとしても、ここまで極端な例であれば、行政の裁量で優子さんが助かる道はあるかもしれません。

 

それでは、次のような場合はどうでしょう。 

①親から毎日「お前はブスだ」などと罵声を浴びせられ、自尊心をすっかり失ってしまった女の子。

父親が母親を殴っているのを毎晩見ているが、力がないため母親を守れない男の子。

③親から「お前なんか生まなきゃよかった」と毎晩言われて泣くことしかできない子ども。

  

彼らは直接的に身体的暴力や性的虐待を受けたわけではありません。

現行憲法であっても、明らかな証拠でもない限り法的手段で親を裁くのが難しいケースです。

ですが、現行憲法であればこのようないわゆる「毒親」「モラハラ親」から比較的逃げやすいのも事実です。

もちろん簡単に逃げることはできませんが、それでも何とか逃げ切って平穏無事に暮らしている「虐待サバイバー」の方もいらっしゃいます。

 

しかし憲法が改正されればどうなるでしょうか。

まず間違いなく虐待親は憲法を盾に子どもを脅してきます。

「お前のやっていることは法律に反している」

「親を見捨てるなんてお前には日本国民を名乗る資格はない」

「俺から逃げられると思うな」

 

「家族は、互いに助け合わなければならない。」

この条文は、ただでさえ「親(俺)を敬え!親を助けろ!お前に自由はない!」と叫ぶ虐待親に国家が「お墨付き」を与えてしまうことになります。

  

「家族の絆」「家族の助け合い」

とても美しい言葉だと私も思います。

あくまで、まともな家庭に育った人間に限れば、の話ですが。 

 

政治家の先生方は立派な出自と誇らしい親御さんをお持ちなのだと思います。

あなたがたの「家族の絆」は本物で、大事にすべきだと思います。 

 

しかし、それを一般国民に押し付けないでください。

あなたがたの想像力では及ばないような、濃縮された地獄がこの世には存在するのです。

家庭という小さな箱庭の中に。

 

以上に述べてきたことが、私が「憲法24条の改正はクソだ」と思う理由です。

 

 

最後に、蛇足かもしれませんが、私自身の出自を紹介しておきます。

 

私は、5歳の頃父親から暴行を受け、怪我を負いました。

頭に裂傷を負い、血がたくさん出ました。

5歳の子どもの頭から、血が。父親の手によって。

 

どこの病院に行ったかはもう忘れましたが、その怪我により頭を7針縫う手術を受けました。

怪我は痛かったです。麻酔無しの手術も痛かったです。

何より、心が張り裂けそうでした。

 

それ以来、何度も悪夢を見ました。

今にして思えばあれば「フラッシュバック」というものだったのでしょう。

父親が母親に「頼むから死んでくれ」と叫ぶ現場も何度も見ました。

毎晩毎晩続いた両親の怒鳴りあいは、もう思い出したくありません。 

 

高校生の頃、たまらなくなって自傷行為に手を染めました。

過呼吸が発症しだしたのもその頃だったと思います。

毎晩「死にたい」と願いながら眠りにつき、「死にたい」と思いながら目を覚ます日々でした。

 

もちろん父親を許すつもりはありません。

というか、許す許さない以前に父親は一度も私に謝ってくれたことがないので、許しようがないのです。

大学を出るための費用は出してもらったので、お金は返そうと思うのですが、お金だけじゃなくて私の受けてきた痛みもそっくりそのまま返したいです。

 

 

「家族の助け合い」って何なんでしょうね。

 

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