映画『何者』はなぜ低評価なのか※ネタバレなし!

映画『何者』を観ようと思った僕は、まずYahoo!映画の評価を確認しました。

movies.yahoo.co.jp


えっ何これ…やたら評価低い…

とは言え、就活を題材にした映画なんてなかなかないでしょうし、折角なので観に行ってみようかと。

 

 



で、観た感想を率直に言うと

 

 

 

 

 

 

 


めちゃくちゃ面白いじゃねえか!!!


一瞬「こんな面白い映画がなんで評価されてないんだ?」と不思議に思いましたが、レビューをある程度読んでみてその理由がわかりました。

なので、今回はなぜ『何者』の評価点数が低いのかについて綴っていきます。


①ターゲット層が狭い

作中では最初から最後まで「就活あるある」「SNSあるある」が散りばめられているのですが、これってSNSを使いながら就活を体験したことのある人にしかわからないよな、と。
具体的に言えば今の20代。
それも、「文系」の「大学生」で「民間企業」を受けた人。

理系の就活はどうやら文系とは多少違いがあるらしいですし、高卒の人や公務員志望、医学系志望の人も事情は違うようです。
僕自身は民間企業の就活を体験したことがあるので、まさしくストライクでしたが。

まして、30代後半以降の人にはよくわからない映画だったのかもしれません。
Yahoo!映画のレビューを見ても、高評価をつけている人の多くは「私も少し前に就活をしていましたが〜」という方のようです。
低評価をつけている人の全員が「最近の就活」を体験していないとは言い切れませんが、「自分は遥か昔に就活をしていたが〜」という立場から低評価をつけている人も散見されます。

実際に作中ではリ○ナビやマ○ナビを利用したことのない人にはわかりにくい表現もあったり、「最近の就活」を経験した人にしかわからない点も多々ありましたしね。


ところで最近人気だった映画と言えば『君の名は。』と『シン·ゴジラ』辺りでしょうか。

その二者と比べると、やはりターゲット層が狭いように思えます。

君の名は。』は10代や20代、さらに30代のいわゆる「セカイ系」の世界観が好きな人から絶大な支持を受けているようです。
『シン·ゴジラ』は初代ゴジラにハマったオジサマ世代から20代の若者まで、幅広い層に人気があります。

そう言えば50代くらいのおじさんが「君の名は。」をこき下ろして炎上してましたね。
そりゃまあ、ティーンズに大人気の映画をおじさんが観ても面白くはないでしょう…(それすら楽しめるアグレッシブおじさんもいるかもしれませんが)
また、『シン·ゴジラ』を5歳児に見せたとしても「ゴジラかわいそう」くらいの感想しか出てこないかもしれません。

このように、ターゲット層を外れるとどんな面白い映画もたちまちつまらなくものに見えてしまう危険性があります。

逆にターゲット層からすると素晴らしい傑作になるかもしれないんですけどね。


②悩みのスケールがショボい

またまた『君の名は。』と『シンゴジラ』を引き合いに出させてもらいますが、どちらも登場人物の悩みが深刻ですよね。
「運命の人と会えなくなっちゃう!」とか「日本国土壊滅か!?」とか、見てるだけでハラハラドキドキしちゃいます。

それに比べて『何者』の登場人物は悩みがショボいように見えます。
「友達が内定取ったのを素直に喜べない」とか「夢を追ってる人間が妬ましい」とかそんなレベル。
誰でも一度は悩んだことがあるような内容です。
そこに描かれているのはファンタジー要素もない、目を背けたくなる現実。

きっと、見る人が見れば「いちいちそんなことで悩んでんじゃねーよ」と言いたくもなるでしょう。
登場人物に感情移入できなければ、みなさんの仰る通り面白くない作品なのかもしれません。

しかし、「最近の就活」を体験した人からすれば「あぁ〜それめっちゃわかる〜」と声に出したくなるような悩みが次々と現れます。

悩みのスケールが小さいからといって、それが「軽い」悩みであるとは限りません。
自分の就活経験と重なる部分が作中で出てくるとついつい胸が痛くなります。

僕自身は数年前に就活を終わらせたので少し冷静な目で観ることができましたが、自分がまさしく就活中だったら………
きっと劇場で泣いてしまっていたのでないでしょうか。

 

③「風刺」作品の特性

『何者』はいわゆる「就活」を強烈に皮肉った作品だと思います。
しかし、得てして風刺作品というのは「ある時代のある層の人たち」にしか理解できない部分があります。

極端な例ですが、現代の日本人が1860年に書かれたアメリカの社会風刺作品を読んでも、それを肌感覚として味わうことはおそらくできないでしょう。
たくさん関連書籍を読んでその時代のアメリカに詳しくなったとしても、その時その場所に住んでいた人たちほど痛烈な感覚を味わうことはできません。

同様に、「最近の就活」を体験していない人がこの作品を見て感涙することはかなり珍しいのではないでしょうか。(世の中には色んな人がいるので、100%無いとも言い切れませんが)

Yahoo!映画のレビューの中で面白い記述がありました。
「登場人物がSNSに依存しすぎててリアルじゃない」
このコメントを見た瞬間僕は「えっ?」と思いました。
ツ○ッターに張り付くとか、フェ○スブックの友達の投稿が気になるとか、普通じゃないの?

おそらく、僕らよりある程度の上の年代からすると登場人物の姿は奇異に映るのでしょうね。
僕からするときわめてリアルな若者でしだが…
友達にもいますよね?
みんなで集まってる時にチラチラスマホ見てる人。

僕らの「リアル」は世代の違う人からすると「リアル」じゃないんだなぁ、と改めて感じました。

特にラストシーンはかなり風刺が利いているな、と思いました。

Yahoo!映画のレビューを見ると「ラストが意味わからん」という意見もところどころ見受けられますが、逆に「ラストが最高!」という方もいます。

わからない人の感性がどうこうとかではなく、これも当事者性の問題だとは思いますが…

ちなみに僕も「ラスト最高」派です。

詳しくはネタバレになるので、劇場で確認してみてください。



以上、とても面白い作品である『何者』が低評価を受けている理由について考察してみました。

ナビサイトで就活をしたことのある人は、とにかく一度観てみてください。
きっと楽しめると保証します。

また、「最近の就活」を知らない方も、就活生が「何と闘っているのか」を理解するために観ても面白いかもしれません。

作中でもインターネットが発達「してしまった」弊害は描かれていますが、『何者』の評価が低く、ネット上でまるで駄作かのような数字を叩き出しているのは皮肉な話ですね。
数字なんて目安にしかならないな、と改めて思いました。

あー、低評価を無視して観に行ってよかった。

憲法24条の改正は、はっきり言ってクソ

お題「選挙」

 

まず表題に「クソ」という下品な表現を用いたことをお詫びいたします。 

しかし、「24条の改憲はよくない」「改憲は再考すべき」などというソフトな表現では私たちの恐怖や困惑を表し切れないと思い、以上のような書き方をさせていただきました。

 

 さて、本題ですが皆様は24条の改憲案をご存じでしょうか。

ご存じない方のために以下にリンクを貼っておきます。 

 

 

この改正案を見たうえで、「これの何が問題なの?『家族の助け合い』って大事じゃん」と考える方が多数いらっしゃるのではないかとお見受けします。

そのご意見は間違っていませんし、否定するつもりもありません。 

 

しかし。しかしですよ。

何かお忘れではありませんか?

 

虐待被害者の声

  

皆さん、毎日の習慣として新聞は読みますか?

社会・事件の欄には目を通しますか?

日々新聞を読む方でしたら、これまで幾度となく「幼児虐待」の報道を見たことがあるかと思います。 

 

現実に、今日も日本のどこかで、親から暴力・暴言・性的虐待を受ける子どもがいます。

そしてかつての「被虐待児」はいつか大人になります。

大人になってようやく独り立ちできる。

幼少期から自分を苦しめ続けてきた親とも別離できる。

今の憲法のままなら、の話ですが。

  

憲法改正が為された後の話で、一つモデルケースを考えてみましょう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

優子さん(仮名)は小学4年生の頃に初めて父親から性的虐待を受けました。

元々暴力的だった父親に耐えかね、母親は蒸発。

優子さんは幼い身にして父親の暴力性を一身に受け、地獄のような日々を送ってきました。

実の父親に体を玩具にされ、友達にも先生にも相談できず、一人苦しみぬいてきました。

殴られ、怒鳴られ、犯され、貶され、詰られ、踏みにじられ…

優子さんは何度も自殺を考えましたが、「大人になれば開放される」その希望だけを頼りに生きてきました。 

 

そんな優子さんが18歳になり、父親の下から逃げ出す計画も大詰めとなっていた折に、父親が軽度の認知症に陥ってしまいました。

認知症の度合いが軽度であり、父親もまだ若いため、老人ホームは受け付けてくれません。

このままでは、認知症により粗暴さが増した父親の面倒を一生見なければなりません。

 

「ようやくこの地獄から逃げ出せるはずだったのに!」

優子さんは必死の思いで各機関を駆け回ります。

しかし、区役所へ駈け込んでも、裁判所に飛び込んでも、弁護士に訴えても、法務局で叫んでも、返ってくる答えはみんな同じ。

 

「『家族の助け合い』は憲法で規定されていますから。それにあなたも父親に育ててもらったんでしょう?」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  

いかがでしょうか。

 

私が挙げた今回の例は、少々極端だったかもしれません。

憲法が改正されたとしても、ここまで極端な例であれば、行政の裁量で優子さんが助かる道はあるかもしれません。

 

それでは、次のような場合はどうでしょう。 

①親から毎日「お前はブスだ」などと罵声を浴びせられ、自尊心をすっかり失ってしまった女の子。

父親が母親を殴っているのを毎晩見ているが、力がないため母親を守れない男の子。

③親から「お前なんか生まなきゃよかった」と毎晩言われて泣くことしかできない子ども。

  

彼らは直接的に身体的暴力や性的虐待を受けたわけではありません。

現行憲法であっても、明らかな証拠でもない限り法的手段で親を裁くのが難しいケースです。

ですが、現行憲法であればこのようないわゆる「毒親」「モラハラ親」から比較的逃げやすいのも事実です。

もちろん簡単に逃げることはできませんが、それでも何とか逃げ切って平穏無事に暮らしている「虐待サバイバー」の方もいらっしゃいます。

 

しかし憲法が改正されればどうなるでしょうか。

まず間違いなく虐待親は憲法を盾に子どもを脅してきます。

「お前のやっていることは法律に反している」

「親を見捨てるなんてお前には日本国民を名乗る資格はない」

「俺から逃げられると思うな」

 

「家族は、互いに助け合わなければならない。」

この条文は、ただでさえ「親(俺)を敬え!親を助けろ!お前に自由はない!」と叫ぶ虐待親に国家が「お墨付き」を与えてしまうことになります。

  

「家族の絆」「家族の助け合い」

とても美しい言葉だと私も思います。

あくまで、まともな家庭に育った人間に限れば、の話ですが。 

 

政治家の先生方は立派な出自と誇らしい親御さんをお持ちなのだと思います。

あなたがたの「家族の絆」は本物で、大事にすべきだと思います。 

 

しかし、それを一般国民に押し付けないでください。

あなたがたの想像力では及ばないような、濃縮された地獄がこの世には存在するのです。

家庭という小さな箱庭の中に。

 

以上に述べてきたことが、私が「憲法24条の改正はクソだ」と思う理由です。

 

 

最後に、蛇足かもしれませんが、私自身の出自を紹介しておきます。

 

私は、5歳の頃父親から暴行を受け、怪我を負いました。

頭に裂傷を負い、血がたくさん出ました。

5歳の子どもの頭から、血が。父親の手によって。

 

どこの病院に行ったかはもう忘れましたが、その怪我により頭を7針縫う手術を受けました。

怪我は痛かったです。麻酔無しの手術も痛かったです。

何より、心が張り裂けそうでした。

 

それ以来、何度も悪夢を見ました。

今にして思えばあれば「フラッシュバック」というものだったのでしょう。

父親が母親に「頼むから死んでくれ」と叫ぶ現場も何度も見ました。

毎晩毎晩続いた両親の怒鳴りあいは、もう思い出したくありません。 

 

高校生の頃、たまらなくなって自傷行為に手を染めました。

過呼吸が発症しだしたのもその頃だったと思います。

毎晩「死にたい」と願いながら眠りにつき、「死にたい」と思いながら目を覚ます日々でした。

 

もちろん父親を許すつもりはありません。

というか、許す許さない以前に父親は一度も私に謝ってくれたことがないので、許しようがないのです。

大学を出るための費用は出してもらったので、お金は返そうと思うのですが、お金だけじゃなくて私の受けてきた痛みもそっくりそのまま返したいです。

 

 

「家族の助け合い」って何なんでしょうね。

 

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